アイドルはご機嫌ななめ

         〜789女子高生シリーズ
 


     3


刑事としてのスキルのみならず、
お綺麗な風貌に相反し、一筋縄では行かぬこちらのお嬢さんたちへも、
見目から幻惑されぬに十分な、蓄積のある佐伯さんほどのお人が、(おいおい)
こういう事案、さほどの警戒もないまま、口を滑らせちゃったのも。
実を言えば…他のお友達にも注意するよに言っといてと
持っていきたかったからであるようで。

 『制服姿のひなげしさんへ声を掛けたくらいだからね、
  あの女学園の子だけは ご法度だからと警戒するような、
  あの手の業界に練れた手合いじゃあない。
  むしろ、
  何がしかの格付けのある子の方が
  都合がいいのではと狙ってそうな輩でね。』

 『宣伝の後ろ盾にしようってですか?』

じゃあなくてと顔を見合わせたのが、
この、前倒しにも程がある“真夏日”の中、
クールビズはどうしたんだと聞きたくなるよな、
がっつりと暑苦しいスーツを隙なくまとった姿のお二人さんなら。
それへ向かい合っているのが、
今日はさすがに制服のまんまじゃあない、
初夏の放課後を満喫したいぞスタイルまとった、
瑞々しくもかあいらしい女子高生と来て。

 『もしかして用事があって此処に来たんだろうが。』

このままだと詳細まで明かすことに成りかねないと踏んだのか、
おひげの警部補、勘兵衛の方が
彼女本来の御用を思い起こさせようとしたものの、

 『あ、逃げますか?
  だったら、後日の約束をシチさんに取り次いでもらいますよ?』

 『う…。』

沈着冷静、それは落ち着いた知性派でありながら、
その筋の恐持てでさえ、鋭い一瞥で黙らせることが可能という、
現場主義 実践派の、そりゃあおっかない警部補さんだってのに。
小柄な女子高生に にんまり笑われただけで、口ごもってしまおうとは。

  ひなげしさん、なんて恐ろしい子…。

 『勘兵衛様、僭越ながら申し上げれば、
  どっちにしたって もはやシチちゃんには伝わりますって。』

 『う〜む…。』

かつての前世で出会った彼は、それはずば抜けた知将であり。
よほどの蓄積を持つ身であったものか、
袖斗も多く、臨機応変にも優れた策士だったのだが。

 “女子高生相手の他愛ない駆け引きにぐらつくとは…。”

この暑いのにそんなスーツをがっちり羽織っているから、
いつもの冴えが利かぬのだろうと。
そこは良心的に考えて差し上げることにした平八だったのだけれども…。





 「まさかにまた、ウチの女学園が狙われているのでしょうか?」

 「あの学園が、ではないね。
  君らセレブなお嬢様が、というところかな。」

必ず必ず連絡入れて下さいませよねとの、
約束…というより
もはや呪いレベルの(のろい?まじない?)誓いを交わしてから。
本来の御用があった研究所へも一応は足を運び、
日頃の比じゃあないスピードと遺漏なき周到さという神業にて、
当日のノルマだった結構な量のデータの打ち込みと、
他のお人がこなした入力のチェックと検算とをやってのけ。
何食わぬお顔で帰宅し、五郎兵衛特製のそれは美味しい晩ご飯をいただいて、
のんびりと食休めしていたところへ、
平八のスマホへ“出て来れまいか”とのお呼び出し。
相手が勘兵衛であれば間違いはなかろと、
五郎兵衛も安心して出掛ける彼女を送り出してくれたが、

 “内容を知ったら事情も変わったかもですね。”

もしかしたらば、
危険なことへ首を突っ込む切っ掛けと、
なりそな運びになるやも知れぬお出掛けで。
(勘兵衛様の“おいこら”というお顔が浮かびそうですが…)
何とはなく そうと気づいているというに、
そこんところを黙っててごめんなさいと。
心の中で 最愛の許婚者さまへ手を合わせ。
自宅の少し先の通りで待ってた征樹の車に拾っていただき、
そのまま、官舎に構えられた彼の自宅までを運べば。
忙しい独身男の一人暮らしにしては整頓された1DKの居室側に、
昼間と同じ服装のままの島田警部補が待っており。

 「これ、五郎兵衛さんお手製の、
  スルメイカの一夜干しと、カシスのムースケーキです。」

 「これはどうも、ありがとうございます。」

どちらも甲乙つけがたいほど格別に美味しいと知らなければ、
何だか妙な取り合わせの手土産を手渡し、
通り一遍のご挨拶を交わしてからの、さて。

 「約束だから実情だけを話すがな。
  それは、今後注意せよという忠告を飲んでもらうためだ。」

勘兵衛がこんな年端も行かないお嬢さんの押しに弱いのは、
無論のこと、暑さのせいではなかったし、
それほどまでに誠実だからというよりも、(おいおい)
頑迷を通しての部外秘を通せば、
“じゃあいいですよ”と
勝手にあれこれほじくり返しに掛かりかねないお嬢さんだからであり。

 “最も間違いのないところをとっとと話しておかねば、
  怖いもの知らずな傾向も強い子なだけに、どんな迷走をするものか。”

最悪のパターンとして、
じゃあ潜入してみよっかなんてノリで、
怪しい奴ら相手に、
何も知らないまま引っ付いてかれては堪らないからであり。

 「セレブなお嬢様を狙って…?」

くどいようだが、同じに見えても特長のあるセーラー服だから、
それを着ているだけで、どこの学園に通う子かという名刺にもなろう代物で。
それを思えば、
そんな格好であちこち出歩くのはたいそう危険なことじゃあある。
ただ、そうともなると、

 「それって、でも地雷を踏むようなことですのに?」

征樹からそれは丁寧に淹れたハーブティーを受け取りつつ、
ずばりと返したひなげしさんであり。
随分と短い言いようだったが、それで十分通じたらしく。
勘兵衛も征樹もそりゃあなめらかな反応で、口元ほころばせての苦笑を見せる。

 「まあな。
  お主らの年頃の娘が誰も彼も、
  モデルや芸能人というメディアの最前列で、
  注目を浴びる華やかな扱いへ憧れているわけでなし。
  むしろ、安売りは御免だとし、
  ウチの娘にちょっかいを掛けるとは言語道断と
  途轍もない格の面々から怒鳴り込まれるのが関の山だろうしの。」

バレリーナとしての取材は別枠、
自分の実家が経営するホテルのパンフにだけ
露出しておいでの紅ばらさんとか、
父上の描く日本画のモチーフとして
モデルをなさっておいでの白百合さんのようなパターンは例外だとして。
芸能関係もアパレル関係も引っくるめ、
露出する対象にと自分たちをわざわざ引き当てるなんてのは
まずあり得ない…となるのが、

 「そちらの世界では暗黙の了解を得ていることなのも事実だが。」

丁度、同じ話題でお昼休みに盛り上がったばかり。
七郎次らとも、
先で一流ブランドにまで育ちたいならば、
身の破滅につながろうそんなお馬鹿なことをする手合いなんて、
まずはいないでしょうよと、一笑に付したことだったれど。

  ただなと言いつつ、勘兵衛が苦笑したのは

今はまだ門外漢だろう世界へまで、
そうやって徹底して聡いお嬢さんなのへは舌を巻くところだが、
理屈先行、ちょっとばかり賢すぎるのが、
こたびは仇になってるのも否めぬと感じたからであり。

 「ただ、そういった事情は
  その道で後々も食ってく人間へだけの“要領”にすぎぬ。」

 「はい?」

要領よく生き残りたいとする者が、
慎重に、あるいは周囲をようよう見澄まして、
学びとって身につけたハウツーのようなものであり。

 「よくある言い回し、
  自分が痛い想いをして身につけた方が実にはなろうが。
  有り難いこと…としちゃあ失礼ながら、
  大失敗した先達の逸話から、
  そういう二の轍は踏むまいよと生まれた定説(セオリー)も、
  業種によっては多かろう。」

 「そういうのは確かにありますよね。」

何でそんなことをするのか、
詳細が残ってないが故、理屈が判らない伝統の秘法とかと違い、
最近のことであればあるほど 記録が残っていもするので、飲み込みやすく。
ああそうか、
こちらの立場から見れば どんなに理に適っていても、法に触れなくても、
そんなことをしたら こう思う人もいるんだ、嫌な奴めと幻滅されちゃうんだとか。
経験則がないことへも理解できての吸収されて、
しでかす前から、禁忌を知ることが出来る…ようにはなったけれど。

 「だがな、そういったセオリーとやらも、
  誰も彼もが身につけているとは限らないのも また事実だ。」

 「あ…。」

いつぞやの久蔵さんのお見合い話の中で、
きちんとした理路整然、
スマートな強盗ならそんな無謀はすまいと断じ、
目的に届く前に早々と通報されてしまうよな不細工で不器用なあれこれ、
物騒な武装をしている輩ほどするまいと
いきなり切りかかったり銃を撃ってくるようなテロリストはおるまいと、
頭から決めつけていた紅ばらさんだったのを、
だが、兵庫さんが“そんなもん0点だ”と切って捨てたようなもの。
そんな非常識をやらかす連中が、パーペキな実行犯ばかりとは限らない。
むしろ、ひょんなことからあたふたしちゃうよな、
ずぶの素人さんの方が多いのが現実ではなかろうか。

 「喩えが極端だが、
  使い込みがばれたからと、
  それを知った相手を殺してしまうような
  短絡的な手合いも後を絶たぬしな。」

ン百万の使い込みと殺人と。
どっちが大きな罪か、どっちが刑が重いかを考えたなら、
もはやこれまでと軽い方の罪を認めればいいものを。
何でまた、もっと重くて取り返しのつかぬことに手を汚し、
大丈夫、逃げ果せられる…と思うのか。

 「間違いなく浅はかだがな。
  それでも、いざそんな窮地に立つと、
  二者択一の間違ったほうを選ぶ者もいる。」

ましてや、と。
勘兵衛が吐息をつき、
征樹がテーブルへファイルを広げたそこにあった数枚の写真の中には、
平八を呼び止めたスカウトマンの顔もあり。

 「こやつらは、
  そういった融通があると知っているような“業界の者”ではないからの。」

視線が不自然な方を向いている、明らかに隠し撮りらしいスナップもあれば、
前科があるか若しくは手配されているそれなのか、
不機嫌そうなお顔を真正面へ向けたそれもあって。

 「火傷しかねぬから手を出してはならぬ人種とかどうとかいう、
  その世界で生き残るための“要領”なぞ知らぬし。
  その場しのぎには何が有効かを優先して動いておるだけだから、
  後のことなぞ知ったことかで、
  そう、逃げ切れると踏んでおる側の者たちだからの。」

 「…じゃあ、今回わたしへ声を掛けて来たのは。」

業界に関しての物知らずには違いないようだったが、
そんな輩より始末が悪い連中、すなわち、

 「勿論のこと、
  基準以上の風貌がメガネにかなったという点に嘘はなかろう。
  だが、それ以上に連中が欲したのはその制服、
  つまりは“良家の子女かもしれない”という可能性を、
  忌避するどころか、わざわざ選ってのこと近づいて来たのだろうよ。」

 「…あらまあ。」

ついつい七郎次の口癖が出た。
この賢い少女が“知らないこと”に鉢合わせなんて滅多にないことに違いなく。

 「確かに、お主らの居る世界は
  下手な手出しがある意味 危険な場所ではあるが、
  だからといって、そうそういつもいつも、
  疚しい者ほど避けて通ると油断や慢心をしてちゃあいかん。
  そんな知恵なぞ持たない存在の方が実は多いのも“現実”だからの。」

様々な事件やアクシデントを乗り越えて、
経験則を重ね、手段を講じ、
人は どんな最悪な事態もどんな究極の悪党へも対処出来るようになったけれど。
これも忘れちゃいけないのが、
犯罪を犯す側の大半は初心者で、
うっかりしやすかったり、辛抱強くはなかったりするお人の方が、
断然多いかもしれないんだってこと。

 「…そういや、そうですよね。」

鍛え抜かれた犯罪組織のメンバーでもない限り、
犯罪への知恵なんて持ち合わせちゃあいないもの。
勝手に凄腕の敵だとハードル上げたれば、
実は手前の商品引ったくって逃げるような、
弱腰な手合いだったってことだって大きにあるわけで。


 「……でも、じゃあ何でまた、
  そういう肩書つきの娘さんだと
  都合がいいって思う連中なんでしょか。」








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  *相変わらず理屈こねまくりで すいません。
   頭でっかちなお嬢さんがたへの、
   現実はそうそう理屈どおりにはいかんぞよという警告
   …という前振りだけでこの長さです。

   それにつけても、私はヘイさんをどんだけ天才少女にしたいのか、
   そして…どれほど自分のオツムを顧みていないのでしょうか。(とほほん)


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